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ニュージーランド人の映画監督が『ナルニア国物語』第2章に着手

映画『ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女』でニュージーランドを世界中に紹介した、ニュージーランド人のアンドリュー・アダムソン監督が、現在、続編『カスピアン王子のつのぶえ』(CSルイス原作)の映画化に着手しています。

2008年公開予定の『カスピアン王子のつのぶえ』には、おなじみのメインキャストも再び登場します。

第1作はアカデミー賞の3部門にノミネートされ、世界中で計US$6億3780万(約730億円)の収益をあげました。この成功は監督としても喜ばしいものだったでしょう。オークランド生まれのアダムソン監督は現在、ロサンゼルスに拠点を置いていますが、故郷に対する愛着は変わることなく、同じくニュージーランド人である夫人と子どもとともに度々里帰りしています。

アダムソン監督には子供の頃、家族で夏休みにテムズへ行った思い出があり、機会さえあれば、自分の家族を連れて、夏を過ごしたいと考えています。テムズはニュージーランドでも代表的な夏の行楽地として知られるコロマンデル半島の町で、オークランドから車で1時間30分ほど東へ走ったところにあります。彼の記憶にある限り最初の楽しい夏休みを過ごしたその町に、現在一家の別荘を構えています。

アダムソン監督はオークランド郊外のブロックハウス・ベイで育ちました。小さい頃から彼は自分で漫画を書くことが大好きで、高校時代は美術と数学が得意でした。そんなアダムソン監督がアニメの世界へ入るきっかけとなったのは、文字通り偶然の「突発事故」でした。本来は進学にあたって、当時住んでいたパプア・ニューギニアからニュージーランドへ家族とともに戻って、大学で建築を専攻するつもりでした。ところが、帰国の前日に車の事故で彼は足を骨折し、大学の入学手続きに間に合わなくなってしまいました。結局、彼の母親が新聞広告に載っていたアニメの専門学校を見つけ、そこに入学したのです。

アダムソン監督は国内最大紙ニュージーランド・ヘラルドのインタビューに対して、ひとつのことを徹底的に磨くよりも、関心を広く持ち、コツを掴んでは次の事に取り掛かろうとする点で、自分は映画の世界に合っていると語っています。映画作りは、音楽、画像、キャスト、物語や脚本など、課題がいくらでもあります。彼はそこに魅力を見出したのです。

彼は1985年にオークランドの会社(The Mouse That Roared)でCG動画の仕事を始めました。当初はテレビの番組やコマーシャル用のロゴのアニメーションを手がけていました。その6年後、ロサンゼルスにオフィスがある、映画の特殊効果のスペシャリスト(Pacific Data Images)からスカウトされることになります。ここでの経験は、アダムソン監督が作るその後の映画に影響を与えています。

アダムソン監督はしばらくテレビ広告の仕事もしていましたが、その後映画という新しい世界に乗りだして1992年には『トイズ』、1994年には『エンジェルス』の技術監督を務めました。また、2本の『バットマン』シリーズでも映像効果の責任者として力を発揮し、アカデミー賞の最終候補者選抜名簿に2度も名前が載りながらも、彼はアニメの世界へ戻ります。

ニュージーランドでの休暇中、アダムソン監督はウエリントンに寄り、同じくニュージーランド人の映画監督ピーター・ジャクソンが撮影中だった『さまよう魂たち』(1996年)に協力を申し入れました。彼は3ヶ月の滞在中に映画スタッフの一員として映像効果を取り仕切り、そこでプロデューサーだったジョン・ガーベットと出会いました。

5年後、ガーベットが『シュレック』のプロデューサーの1人として就任した際、アダムソン監督はガーベットに引き抜かれました。アダムソン監督がニュージーランド・ヘラルド紙のインタビューで「引き抜かれた」とあえて表現したのは、その時彼には作家になろうという考えがあったからです。『シュレック』の話が来た時は、練りあげた物語にまさに取り掛かろうとしていたため、最初は断ったのだそうです。それが、とりあえず3ヶ月だけということで納得したら、次の3ヶ月、そしてもう半年と、結局はずっと関わることになったとアダムソン監督は経緯を語っています。

アダムソン監督が後悔していないことは誰の目から見ても明らかでしょう。2001年に公開された『シュレック』はその年のアカデミー賞「長編アニメ賞」を受賞しました。続いて、2004年に公開された『シュレック2』では最初の1ヶ月でUS$3億8000万(約430億円)以上を稼ぎ出し、数々の興行記録をぬりかえて、アニメ映画としては史上最高の収益を上げるという快挙を成し遂げました。すでに第3弾『シュレック・ザ・サード』(原題)の製作が始まっており、アダムソン監督は今回プロデューサーとしての役割を担っています。

『ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女』の撮影では、アダムソン監督は、コンピューター上で創り上げられた不恰好な緑色の怪物(シュレック)ではなく、人間の俳優たちとの映画作りを楽しんだようです。監督は7部にも渡る『ナルニア国物語』全作を映画化できたら素晴らしい、と大変意欲的に語っています。

アンドリュー・アダムソン フィルモグラフィー
監督作品:
『シュレック』(2001年)
『シュレック2』(2004年)
『ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女』(2005年)
『ナルニア国物語 第2章:カスピアン王子のつのぶえ』(2007年クリスマス完成予定)

映像効果担当作品:
『トイズ』(技術監督)(1992年)
『エンジェルス』(技術監督)(1994年)
『バットマン・フォーエヴァー』(映像効果責任者)(1995年)
『評決のとき』(映像効果責任者)(1996年)
『バットマン&ロビン』(映像効果責任者)(1997年)

 

関連リンク
www.newzealand.com Pages
•  ニュージーランドで撮影された映画「ナルニア国物語」