ニュージーランド人監督によるニュージーランド撮影のヒット映画4本
ニュージーランドは映画の撮影場所としての評判が高いことで広く知られています。特に最近公開された、ニュージーランドを舞台にした4本の映画は、次々にヒットしています。
この4本の映画とは、アカデミー賞を受賞しているピーター・ジャクソン監督の『キング・コング』、『シュレック』のプロデューサーでも知られるアンドリュー・アダムソン監督の『ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女』、ロジャー・ドナルドソン監督の『世界最速のインディアン』そしてヴィンセント・ウォード監督の『リバー・クィーン』です。
『キング・コング』と『ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女』は2005年の後半から2006年初めにかけて公開され、世界中の話題をさらいました。『世界最速のインディアン』は、キャリア20年にしてロジャー・ドナルドソン監督初のニュージーランド映画となりました。ヴィンセント・ウォード監督の『リバー・クィーン』は、残念ながら日本では未公開の映画ですが、公開された国では高い評価を得ています。
『ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女』
『ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女』は、2005年12月(日本では2006年2月)にプレミア上映が行われました。アメリカを拠点に活躍しているアンドリュー・アダムソン監督は、自分の故郷であるニュージーランドで大規模な映画撮影を行うことができたことを大変誇りに思うと話しています。この映画をきっかけに、オークランドの映画産業がもっと活気付いて、近い将来もっと映画制作が盛んになればいいと思う、とも語っています。
オークランドはアダムソン監督の故郷でもあり、この映画の背景シーンでは多くのオークランド近郊の場所が使用されています。スタジオは昔の空軍基地に設置され、オークランド西海岸に広がる黒砂で有名なムリワイは白い魔女の野営地として使われました。その後、撮影は南島へ移動し、対決シーンではクライストチャーチ郊外のフロック・ヒルや、北オタゴに位置するエレファント・ロックスと呼ばれる石灰石が作った見事な風景が収められています。
ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ社とウォールデン・メディア社が共同出資するこの映画は、著者CSルイスが書いた「ナルニア国物語」7部作の第1部です。その後のシリーズも映画化が期待されています。
『キング・コング』
ピーター・ジャクソン監督の2億ドルをかけた現代版『キング・コング』は、2005年12月に公開されました。映画はジャクソン監督の故郷、首都ウエリントンでほとんどの撮影が行われました。幻の孤島スカル・アイランドとジャングルは、ウエリントン中心部にほど近い彼のキャンパーダウン・スタジオに設置されたのです。ウエリントン北部、ハット・バレーの空き地には、ジャクソン監督は1930年代のニューヨークの町並みを再現しました。ブロードウェイやタイムズ・スクエア、5番街までが本物さながらに作られたのです。
さらに映画撮影にはニュージーランドで最も格調高い劇場が2ヶ所採用されました。1つはウエリントンにある築90年の「オペラ・ハウス」、そしてもう1つがオークランドの中心部に建つ75年の歴史をもつ「シビック・シアター」です。シビック・シアターはちょうど映画のセットと同じ1930年代にオープンしています。キング・コングの存在を疑っていたニューヨークの人々の目の前で、巨大なその姿を登場させるシーンとして使用されたのが、このシビック・シアターでした。
『世界最速のインディアン』
『世界最速のインディアン』はニュージーランドの歴史に残る物語のひとつです。インバーカーギルに実在した世界最速記録を打ち立てたモーターバイク界伝説の人物、バート・マンローを描いたこの映画は、名優アンソニー・ホプキンスが主役を演じたことで広く知られるところとなりました。
担当プロデューサーは、南島の最南端という地理的には世界の隅にもかかわらずインバーカーギルは撮影の拠点としてとても素晴らしいところであったと述べています。彼の言葉を借りれば、「映画のシーンに使用する風景と同様に、現地で製作に必要な技術やサービスも申し分なかった」ということです。撮影はどこででも可能でしたが、バート・マンローが暮らしたインバーカーギルの町で撮影したいというのがプロデューサーの希望でした。多くの住民が映画撮影に協力を申し出、インバーカーギル市長自ら映画の中でも市長の役を演じていることでも話題になりました。
2004年のクリスマスまでの11週間、ほとんどのシーンは、インバーカーギルから10kmほど西にあるオレティ・ビーチで撮影されました。白砂が広々と弧を描くこの海岸部は、当時マンローがモーターバイクを試乗した場所です。ここからは、南島とスチュアート島を隔てるフォーヴォー海峡を見渡すことができます。人口5万人のインバーカーギルの通りは広く、優美なビクトリア朝やエドワード七世時代の建物が立ち並びます。マンローが実在した1960年代の姿がそのままに残されているこの町は、映画の時代考証にぴったりでした。そして、2005年10月、世界に先がけたプレミア上映がインバーカーギルのシビック・シアターで行われ、シアター誕生100周年に華を添えたのです。
『リバー・クィーン』
1300万ドルの製作費を投じたニュージーランド映画『リバー・クィーン』は、1860年代、ヨーロッパからの入植者とニュージーランド先住民マオリとの戦争時代を生き抜いたアイルランド人女性(サマンサ・モートン主演)の物語です。主演のモートンが病気で倒れたために撮影が中断されたり、ウォード監督(1988年『ウイザード』、1998年『奇蹟の輝き』を監督)が、最終段階で戻りはしたものの、製作途中で監督を降りたりと、そんな困難を乗り越えて製作された映画でした。
初めに映画撮影は北島東部ベイ・オブ・プレンティ地方のオポティキで行われ、その後、同じく北島西部のワンガヌイやタラナキ近辺へ移動しました。タラナキ地方の南部に位置するパテア・ビーチでは、イギリス植民地時代の兵舎が岬の上に再現されました。これは、地元の博物館に収められていた当時のヨーロッパ人とマオリ族の戦いの写真を元に忠実に再現されたものでした。
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