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ニュージーランド – 海を愛する人々の国

ニュージーランドの地に初めて人間が足を踏み入れたその時から、ニュージーランドの人々にとって、海と航海は日々の暮らしに欠かせない存在でした。

世界のどの陸地からも遠く離れ、周りを海に囲まれたこの島国の歴史は、人が船に乗って移り住んできたことから始まります。

マオリの伝説によると、今から1000年以上前、ニュージーランドを最初に発見したのは、クペという名のマオリの偉大な航海士であったということです。

クペはワカ(木造の航海用カヌー)に乗って、ポリネシアのどこかにあるという故郷の島ハワイキを発ち、太平洋を越えてこの地にたどり着きました。クペは新たに見つけた島を、アオテアロア(長く白い雲のたなびく地)と名付けました。

古来ポリネシアの島々に住む人々は、世界に先駆けて高い造船技術と航海術を駆使してきました。ニュージーランドの先住民であるマオリも優れた海の探検家です。現代の宇宙飛行士が宇宙船に乗って地球外を探索するように、彼らは地図も目印もない太平洋の海に果敢に挑んできたのです。

マオリの祖先は、夜空の星を頼りに航路を読み、双胴のワカを操って、クック諸島経由でニュージーランドにやってきました。

後に、ヨーロッパの探検家がより大規模な船で訪れ、ニュージーランドの存在を知ります。オランダ人の探検家、アベル・タスマンは、1642年にウエストコーストの海岸を確認しましたが、南米チリの先端にあるホーン岬に続いていると誤解したため、そこにある島名「ステイテン・ランド(スターテン島)」と呼びました。しかし、後に違っていることが判明し、オランダにあるゼーランド州にちなんで、ニュージーランドと呼ばれるようになったと言われています。1769年にエンデバー号で北島と南島を調査したキャプテン・ジェームス・クックは、ニュージーランドを英国の植民地として発表しています。

初期の移民は、貿易も通信も移動も、海上交通に頼らざるを得ませんでした。従って、耐久性のある船を造り、地球の反対側まで行き来したのも、必然であったと言えます。ノースランド地方のカウリの巨木をはじめ、ニュージーランドの原生林には、造船に理想的な木が豊富にありました。

全長15,811kmもの海岸線を有するニュージーランドに住む人々は、海洋関連のあらゆる技術を磨いてきました。そして、子どもたちは、船を操る技術を身に付けてきました。自宅の裏庭でボート造りに励む子どもも珍しくありません。

子どもの頃、オークランドのノースショアに住んでいた故ピーター・ブレイク卿は、自宅の庭で初めてボートを造った時、母親の花壇をメチャメチャにしてしまったそうです。また、世界的に活躍しているニュージーランドの有名なヨット・デザイナー、ブルース・ファーも、自宅の物置でセイリング・ディンギーを造ったのが始まりと言われています。

アメリカズ・カップで活躍した、ディーン・バーカー、クリス・ディックソン、クレイグ・モンク、ラッセル・クーツなど、その他の多くのヨットマンも、不恰好で窮屈な小型ディンギーからキャリアをスタートさせています。

Pクラスというこのニュージーランド独自の1人乗りディンギーは、1920年に、ハリー・ハイエットが開発したものです。ノースランド地方の主要都市、ファンガレイに住んでいた彼はセイリングが趣味でしたが、子どもたちが安全にセイリングに親しめる、沈まないボートを造ろうと思い立ったのでした。今日では、全国各地のヨットクラブのイベントで、ずんぐりとしたディンギーを操る子どもたちと、声援を送る親たちの姿が見られます。

国民1人あたりのボートの所有率では、ニュージーランドは世界のどの国よりも高いといわれています。オークランドだけでも私有のボートの数は8万にのぼり、オークランドの住民の11人にひとりが何らかの船を持っているという計算になります。海が身近にあり、多くの人々が海に親しんでいるこの国から、世界でもトップクラスのヨットマンが続出しているのは、むしろ当然のことかもしれません。


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