クジラの迫力、エコの民 - カイコウラ - エコ・ツアー特集

旅に出かけて、その土地の文化や歴史を教えられると、ひと味違った楽しさを思う。南島の太平洋側にあるカイコウラでホエールウオッチを体験したときも、そうだった。先住民のマオリが営むエコツアーの一つで、自然環境を大事にしてきた人たちの奥深さを知り、それにとどまらないことまで教わった。

カイコウラは人口3500の町だが、欧米などから年間8万人以上の観光客が訪れる。クジラに出合える確率98%というホエールウオッチが評判だ。町の南側 にある港から専用船に乗る。出発して7,8分で海が急に深くなっていった。水深700メートル、900メートル、1200メートル……。船内の正面にコン ピューターと連動する画面があり、リアルタイムで水深や船の位置を教えてくれる。

ここの海は陸地から急激に深くなっているため、豊かな有機物を含んだ土壌が流れ込みやすい。沖合では北の暖流と南の寒流が合流しており、大量のプランクトンが発生しやすい海なのだ。

「だから、小魚が多く、それを食べるイカも多い。それを追ってクジラが定住するという食物連鎖が生じています」と、船内のガイド役が画面を使って 解説してくれる。伊勢エビも多く、マオリ語でカイ(食べ物)、コウラ(エビ)が地名のカイコウラになった。クジラに出合う前から楽しく勉強できるツアーだ。

「見つけたよ」と船内スピーカーから船長の声が響いた。船は急に速度を上げ、クジラまで50メートルほど手前に来て止まった。それ以上は近づかないように決めている。甲板に出ると、クジラの頭と背中の一部が見えた。地球上で最大の哺乳類。ときおり潮を吹きながら、ゆったりと浮かぶ。

間近に見て感じたのは大きさだけでなく、そのゆったりさがもたらす貫禄だった。潮を噴出す鼻の穴は、頭の中央ではなく、少し左にずれた場所にある。ブオーッと吹き出される潮の噴水は、だから、真上にではなく、やや斜め左側に向かって飛ぶ。20秒とか30秒とか、間隔を置いて、ブオーッとやる。そのたびに、船上の観光客はウオーッと歓声をあげる 。

ブオーッ。ウオーッ。海上と船上の哺乳類同士がやりとりしているように思えて、少し可笑しかった。そうして見とれていたら、「そろそろ潜りますよ」とガイ ド役がマイクで教えてくれた。「カメラをもっている人はシャッターチャンスです。尾ひれが豪快に海面に立ち上がります」。言われるままカメラを構え、その 通りの場面を撮影できた。

なぜ分かるのか。後で聞いたら、「潜る直前、酸素を大きく吸い込むので、背中の筋肉が伸び、引き絞られるように縮む。それを見ていれば分かるのさ」と教えてくれた。クジラの習性をよく知っているのだ。生態を見せるというエコツアーの意味を実感した。

「あれはティアキ」。次に出合うと「これはリトルニック」。クジラの一頭ごとに名前をつけている。体の白い斑点や尾ひれの形で区別がつくという。「クジラ は仲間なんだ」と船員が言った。出航は日に四回まで、船のトイレはタンク式、推進装置は水を吹き出すタイプで騒音が少ない、など工夫がたくさんあった。

運営する会社は株式の百%をマオリがもち、その部族はナイタフという。クジラの背に乗ってニュージーランドに移住したという祖先パイケアの伝説をもつ。も ともとクジラに縁が深い人たちで、会社のロゴはパイケアを使っている。1980年代半ば、財政破綻に陥ったニュージーランド政府は鉄道など40以上の公共 事業を民営化した。カイコウラでは鉄道に働いていた多くのマオリがリストラの波をかぶって失業した。

都会に移住するか、地元で新たな仕事を見出すか。悩んだあげく1987年、借金をして購入した小さなボート1隻で始めたのがホエールウオッチだっ た。ほぼ間違いなくクジラに出合えるという評判が伝わり、また、アウトドアの体験型観光が求められる時代の追い風も受けて急成長した。イルカと泳いだり、 森を歩いたり、自然を生かしたツアーも盛んになっていった。

観光事業が発展するにつれて地域あげて環境対策を採り始めたのも、この町の特徴だ。夏のシーズンには1日で5000人以上の観光客が訪れるようになり、人 口3500の町が倍以上にふくらむ。マイカーやレンタカーは排ガスを出し、ゴミも増えて、夏は水不足で断水するようになった。地域のゴミ収集を有料にする 一方で、住民にリサイクルを促す。観光客にもビン、カンなどリサイクルできるものを分別してゴミ出ししてもらい、宿泊施設もその仕組みを整える。

ニュージーランド固有の樹木の苗木を観光客に買ってもらって町の高台に植林する「旅人の木」というユニークな試みも順調に伸びている。環境改善を 目指す国際的な認証制度「グリーングローブ」にもニュージーランドで初めて地域として参加し、その基準達成を2004年に果たしている。空からクジラを見 せる地域航空会社、ワイン用のぶどう畑に有機肥料を多用するワイナリーなど地元企業も参加するようになり、認証獲得を目指している。地域あげて観光と環境 の両立を目指す町だと知って歩いてみると、見える景色も少し変わるかもしれない。

ライター:青柳光郎(あおやぎ・みつろう)

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