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人々と歴史

   

人口

 

ニュージーランドは英国連邦の一員であるとともに独立した国家でもあります。ニュージーランドは、多様な文化を有する多民族国家で、人口400万人の大部分が英国系です。先住民であるマオリの人口は総人口の約14%になります。

初期入植

マオリはニュージーランドの最初の入植者でした。彼らは約1000年前、ニュージーランドの北、ポリネシアにあったと言い伝えられる伝説の島、ハワイキよりニュージーランドへと壮大な旅をしてきたのです。ニュージーランドを最初に発見したと言い伝えられる偉大な探検家、クペは、見知らぬ島、アオテアロアを「白く長い雲のたなびく国」と名付けました。

最初にニュージーランドを発見したと伝えられるヨーロッパ人は、オランダ人のアベル・タスマン(Abel Tasman)です。彼は1642年に、伝説の南方大陸の調査を目的としてこの地を発見しました。125年以上も後、1769年にキャプテン・ジェームス・クック(Captain Japmes Cook)はそこを英国領として宣言し、国の地図を作成しました。

マオリの伝統彫刻
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美しいマオリの伝統的な彫刻作品の一例


ワイタンギ条約

ニュージーランド建国の基礎となったワイタンギ条約は、1840年に、今では有名な史跡のひとつとなっている、ベイ・オブ・アイランズのワイタンギにおいて、マオリの族長達とイギリス総督の間で締結されました。条約への署名が行われた2月6日は、現在では“ワイタンギ・デイ”として国民の祝日になっています。

政治と経済

ニュージーランドは成熟した経済と英国型の議院内閣制を土台とする政治体制を持つ近代的な国です。ニュージーランドは長い間、独自の権利を持つ独立国であり、英国とのつながりは、英国連邦の一員であるというだけのわずかなものでしかありません。ニュージーランドの政治、貨幣政策に関する詳しい情報はリザーブ・バンク・オブ・ニュージーランド 又はニュージーランド政府オンラインでご覧ください。


ヘル - 装飾用の櫛

ニュージーランドの“キーウィ”たち

ニュージーランドに最初に移住したマオリは、キーウィ・バードを“キーウィ、キーウィ、キーウィ”と聞こえるその鳴き声からそのように名付けました。この飛べない鳥は、にわとりほどの大きさで、非常に長いくちばしと羽を持ちます。ニュージーランド人はこの愛らしい夜行性の飛べない鳥を国のシンボルとしました。

ニュージーランド人が“キーウィ”と呼ばれるようになったのは、第二次世界大戦の頃、ニュージーランド人兵士達がこの愛称で呼ばれるようになってからと言われています。

また、国際金融市場では、ニュージーランドの通貨、 ニュージーランド・ドルが“ザ・キーウィ”と呼ばれることもしばしばあります。ドル硬貨の片面にはキーウィ・バードが飾られています。

“キーウィ”で最も良く知られているのはキーウィー・フルーツでしょう。中国原産のキーウィ・フルーツは、ニュージーランドの家庭菜園などで「チャイニーズ・グースベリー」として何十年も育てられていました。しかし、冒険心旺盛な農場経営者達が輸出するためにキーウィを増殖し始め、それからキーウィ・フルーツと呼ばれるようになり、世界的にもその名前で知られるようになりました。





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