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エドモンド・ヒラリー卿の国葬しめやかに

2008年1月22日

ニュージーランドの国民的英雄、エドモンド・ヒラリー卿の国葬が1月22日、オークランドでしめやかに行われ、数千人が最後の別れを惜しみました。

親族や友人をはじめ、各国要人や政治家、1953年当時のエベレスト遠征隊メンバー、そして在ニュージーランドのインド人とネパール人のコミュニティ代表者らが参列しました。

ヒラリー卿の棺は、ニュージーランドの国旗とネパールの伝統的な黄色の祈祷用スカーフで覆われ、当時使われていたピッケルとマオリの儀式用の杖が供えられました。

ヘレン・クラーク首相は、「ヒラリー卿はニュージーランド国民にとって尊敬すべき模範となる人物であるだけでなく、常に人々の励みとなりました。私たちはこの国民とともにあった英雄に別れを告げるために、国を挙げて哀悼の喪に服します」と追悼の辞を述べています。

親族はヒラリー卿の冒険にかける情熱や可能性について語り、友人は温かく誠実な人柄について思い出を語り合い、故人を偲びました。

世界的に有名なオペラ歌手、マルヴィナ・メイジャーはヒラリー卿が好んだ聖歌「偉大なるかな神」を捧げました。

アナンド・サティアナンド総督が旧約聖書、伝道の書 第3章第1節から8節までを朗読し、続いて米国ヒラリー財団のラリー・ウィザビー会長が、新約聖書、マタイによる福音書の第5章第1節から10節までを朗読しました。

海外からは、英国、アイルランド、オーストラリア、カナダ、ネパール、インド、ロシア、米国そしてトンガから要人が参列しました。

普通なら、最高峰エベレストへの初登頂を成し遂げれば、それだけで英雄として一生を終えたのかもしれません。しかし、ヒラリー卿の場合、初登頂は始まりにすぎなかったのです。

その後1960年には慈善団体、ヒマラヤ基金を設立、いくつもの学校や病院を建設し、ネパールの人々のために一生を捧げました。

ヒラリー卿は、南極にニュージーランドのスコット基地を設立する際も協力しています。その後、他のニュージーランド人とともに南極大陸横断遠征隊に参加し、1958年にトラクターで南極点に到達しました。陸路での南極点到達は、悲劇に終わった1912年のスコット隊以来初めての快挙でした。


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